「敵対的買収とアクティビスト」(著:太田洋)

  • 著者は「2022年に活躍した弁護士ランキング」企業法務全般(会社法)分野第1位の弁護士
  • 米国における「レブロン義務」と日本における「株主利益配慮義務」

 対象会社(T社)の取締役会が第三者(A社)への「身売り」を決めた場合、その後に別の第三者(B社)が敵対的買収を仕掛けてきたときに、当該対象会社(T社)は買収防衛策を発動してB社からの敵対的買収を斥けることができるか考えてみよう。

 米国では、このような場合、T社の取締役会はもはや買収防衛策を発動することはできなくなる。なぜなら、判例法上、身売りを決めたときから、T社の取締役会の取締役としての信認義務(フィデューシアリー・デューティー。わが国でいう「善良な管理者としての注意義務」=「善管注意義務」におおむね相当する。大雑把にいえば、会社及び株主のために注意を尽くして行動すべき義務である)は、その株主にとって最も有利な条件=最も高い価格でT社の身売りを完遂すべき義務に変化するとされているからである。その旨の判断を示した判決の事件名の一部を取って、この義務は「レブロン義務」と呼ばれている。

 他方、わが国では、判例上、対象会社の取締役会は、自社の身売りを決めた場合でも、レブロン義務を負うものとはされていない。わが国では、会社法上、取締役は、株主に対してではなく、会社に対して善管注意義務を負うものとされており(会社法三三〇条、民放六四四条)、その意味で、会社の企業価値の最大化を図るべき義務は負っているものの、買収価格の最大化を図るべき義務は負っていないと一般に考えられるからである。

 

  • アクティビストの戦術

 

 アクティビストは、対象会社に対してアクティビスト活動を行ってその株価を引き上げ、株価が十分高くなったところで取得した対象会社株式を売却して利益を上げる、というビジネスモデルを採用しているため、対象会社に株価を高める施策を採用してもらう必要がある。

 そのための手段として最も多用されているのが、株主提案である。これは、わが国では三万株か発行済株式総数の1%以上の株式を六カ月以上保有していれば提出でき、株主総会招集通知に会社の費用で議案の内容や提案理由を記載していることもできるため、広く用いられる。

  • 株主提案、臨時株主総会招集請求権及び委任状争奪戦についての規律

 意外に思われるかもしれないが、わが国では、米国やドイツと異なり、少数株主権が非常に強い。例えば、株主提案権を行使するための要件も、東証をはじめとする全国の証券取引所が2018年10月に株式取引における最低売買単位(単元株主数)を100株に統一したことで、現在では、上場会社では3万株(議決権の1%相当の株式数がそれよりも少ない場合には1%相当の株式)以上を6カ月間保有するだけでよく、定款変更議案の形式をとれば、本来的には取締役会の権限に属するはずの業務執行の意思決定(経営)の範疇に属する事項についても、株主提案として議案を提出できる。従って、米国ではドイツでは不可能な、資本コストの開示を定款で義務付ける議案や、政策保有株式の売却を義務付ける議案なども、株主提案によって提出することが可能である。また、一回の定時株主総会において提案できる株主提案の議案数も、原則として10個(役員の選解任議案等は対象となる役員の数にかかわらず1個と数える前提)までと、比較的多い。

 臨時株主総会の招集請求についても、米国のデラウェア州のように定款で株主の臨時株主総会招集請求権を制限することはできず、招集請求権の行使要件も、議決権の3%以上に当たる株式を六カ月間保有すればよいものとされており、相対的に緩やかである(例えば、英国では議決権割合10%以上が要件である)。また、定款変更議案の形式をとれば、本来的には取締役会の権限に属するはずの業務執行の範疇に属する事項についても、臨時株主総会の議題とすることや議案を提出することができる。

 そのため、わが国では、特に2019年以降、アクティビストが、臨時株主総会の招集請求を行う事例がかなり増えている(サン電子、ヨロズ、東京ドーム、東芝富士ソフトフジテック日本証券金融など)。株主提案についても、アクティビストが、取締役の選解任議案に限らず、多彩な議案を定時株主総会に提出して、対象会社を揺さぶっている。

 なお、委任状争奪戦に関していえば、わが国でも、上場会社については、米国と同様、証券法である金商法によって規律されているものの、現在までのところは、米国と異なり、虚偽記載のある委任状勧誘書類等を用いて委任状勧誘が行われた場合に、勧誘者を監督当局が金商法違反として立件した事例は見当たらない。この点で、そのような場合に勧誘者にSECが制裁金を課した事例が多数存在する米国とは状況が大きく異なる。前述したとおり、わが国では、諸外国と比較して相対的に株主総会の権限の及ぶ範囲が広く、アクティビストが用いることができる少数株主権も相対的に協力であるため、今後、わが国でも委任状争奪戦の件数が大きく増加していくものと思われる。そうであるとすれば、わが国でも、虚偽記載のある委任状勧誘書類等が用いられた場合に監督当局が迅速に制裁を課すことで、委任状争奪戦が公正な形で行われることを確保していく必要性が高まると考えられる。

 わが国の会社法制は、欧米と比較して、相対的に株主総会の権限が強く、少数株主権の権利も強いため、株式持ち合いが崩れ、機関投資家が株主利益の最大化を基準として議決権を行使する傾向が強まっている現状を前提とすると、潜在的には株主アクティビズムがさらに活発化する余地が大きいといえる。また、現行法上、市場内での株式買い集めには強制TOB規制がア・プリオリに適用されないという、欧米と比較してユニークなTOB規制を有しているが故に、株式持ち合いが崩れ、機関投資家が投資リターンを重視する傾向が強まっている現状を前提とすると、敵対的買収についても、潜在的には今後増加していく余地はかなり大きいといえよう。

 右で述べた、株主総会の権限が強く、少数株主権の権利も強いというわが国会社法制の特徴は、(取締役会の裁量が大きい米国の各州会社法ではなく)株主の権利を重視するドイツ商法を母法としているという歴史的経緯もあり、今後も大きく変わらないのではないかと思われる。

 だとすれば、今後のわが国の法制度・判例は、株主アクティビズムや敵対的買収の活発化に伴って問題事例が大きく増加することに対して、TOB規制を含む証券法制の大幅な改正(例えば、EUや英国のような義務的TOB制度の導入や大量保有報告規制の強化)によって対応するか、判例のさらなる進化・精緻化によって対応するかのいずれかの途を辿ることになるのではないかと予想される(2023年3月、金融庁TOB規制や大量保有報告規制の大幅な見直しに着手する方針を公表した)。

 本格的な敵対的TOBが行われるようになり、アクティビストが登場するに至った2000年代初頭以降、約20年を経て、わが国の敵対的買収や株主アクティビズムをめぐる法制度や判例は長足の進歩を遂げてきた。しかしながら、わが国で敵対的買収や株主アクティビズムが本格的に隆盛を極めるのはこれからではないかと思われる。2019年以降の事業会社による敵対的TOBの増加や本格的な買収争奪戦の登場はそのことを強く予感させる。

  • Twenty Four

 「24ーTWENTY FOUR」という、日本でも大人気となった米国のアクションドラマシリーズがある。筆者が、敵対的買収からの企業防衛とはどのようなものかを問われたときに、よく例に挙げるのが、このドラマの話である。「24- TWENTY FOUR」では、架空の米国連邦機関CTU(テロ対策ユニット)の捜査官である主人公のジャック・バウアーが、あと2,3秒遅ければ死んでしまうような危地を、常に一歩ずつ先手を打つことで脱していく。敵対的買収からの企業防衛もそれと同じであって、「買収防衛」とは、一歩ずつ常に先手を打つことで、できる限り時間を稼ぎ、最終的に、会社の企業価値や株主共同の利益に照らして最善の解決策に辿り着くという試みに他ならない。たとえ最終的に買収者に会社が買収される場合であっても、時間を稼ぐことによって会社や買収者を取り巻く四囲の環境が変化し、買収条件が会社や株主にとってより有利になることは多い。

 「買収防衛策」とは、本来そのようなものであって、自らにとって最も有利なタイミングで敵対的買収を仕掛けてくる買収者(買収としてはそれが当然の行動である)から、時間軸設定に関する主導権を奪い返し、交渉等を通じて、中長期的にみて会社の企業価値や株主共同の利益にとって最善な結果を確保するためのものであって、塹壕戦に持ち込んで、いかなる買収からも会社の経営権を守り抜くというものでは決してない(このような観点から買収防衛策を正当化する考えとして「交渉力仮説」が提唱されている)。

 アクティビストへの対応もおおむね似たようなものである。アクティビスト側から繰り出される様々な要求項目のうち、中長期的にみて会社の企業価値や株主共同の利益にとって望ましい結果に繋がる「良い(建設的な)」提案と繋がらない「悪い」提案とを見極め、望ましい結果に繋がるものについては受け入れ、そうでないものについては、時々刻々変化する状況を踏まえて一歩ずつ先手を打ちながら、機関投資家等を味方につけて、出来る限り会社にとって有利な条件での解決に持ち込む、というのが、アクティビスト対応の要諦に他ならない。