読書メモ 「財政学の扉をひらく」(髙端正幸、佐藤滋)

高齢世代が優遇されている?

(前提)

アメリカ、イギリス、日本、ドイツ、スウェーデン、イタリア、フランスの社会保障支出を比較すると、どの国も、公的社会支出の相当の部分が「老齢・遺族(現金給付)」と「医療」の2項目で占められているが、日本ではそれが各段に著しく、年金と医療で公的社会支出全体の8割近くを占めている。しかも、年金と医療に「老齢・遺族(現物給付)」(主に高齢者向け介護サービス)も加えれば、公的社会支出全体の86%にも達する。

 なお、これらのうち医療は、年齢によらず必要とされるサービスであるが、医療費の63.2%は65歳以上の高齢者によるものである(厚生労働省「医療給付実態調査」2017年度版)。そこで、年金および高齢者介護サービスの支出に医療支出の63.2%相当分を加えると、公的社会支出に占める割合は約73.2%となる。

 

社会保障制度において、高齢世代が手厚く保護されている、現役世代と比べて優遇されている、といった主張はやや疑問である。

 

OECDによると、2015年の日本における現役世代(18~65歳)の相対的貧困率(租税・社会保険料を負担し、現金給付を受け取った後)は、OECD36か国中で8番目に高い13.6%であったが、65歳超の高齢世代のそれも、同じく36か国中で8番目に高い19.6%であった。つまり日本では世代によらず、貧困が深刻な問題となっているのである。

 

そもそも、日本では生活保護の給付を受ける人の約半数が高齢者である。年金という高齢期の所得を保障するはずの制度があるにもかかわらず、多くの高齢者が生活保護の給付によらねば最低限の生活を維持できないのである。これで、高齢世代が手厚く保護されているといえるだろうか。

 

日本の公的社会支出の中身が年金・医療・介護に偏っているということのほかにも、読み取るべきことがある。日本は、最も高齢化率が高いにもかかわらず、年金(老齢・遺族(現金給付))の支出がイタリア、フランス、ドイツよりも小さい。医療支出もとくに大きいわけではない。高齢者介護の支出(老齢・遺族の現物給付)はスウェーデンに次いで大きいが、総額に占める割合は年金・医療と比べて格段に小さいため、公的社会支出を膨らませる要因としては弱い。つまり、日本が世界一の高齢化国であることを念頭におけば、年金・医療・介護の支出が過大であるとはいいがたいのである。

 

それなのに、公的社会支出が年金・医療・介護に著しく偏っているのはなぜか。答えは簡単である。家族(子ども・子育て)、障がい、失業、住宅、その他(社会扶助すなわち生活保護給付など)といった他の項目の支出が著しく小さいのである。少子化対策が叫ばれて20年以上が過ぎたが、家族向け支出は依然としてOECD諸国全体の平均を大きく下回る。「障がい」は図8.1の諸国では最小で、「失業」「住宅」に至っては図上で確認できないほど僅少である。

 

つまり、「高齢世代が優遇されている」のではない。「現役世代が冷遇されている」から、高齢世代が優遇されているかのように私たちは錯覚するのである。それならば、求めるべきは「高齢者向けの給付を抑えて現役世代へと振り向ける」といった世代間の財源の奪い合いではなく、「現役世代向けの社会保障支出を増やす」ことではないだろうか。