脳は世界をどう見ているのか(ジェフ・ホーキンス)

■なに経路とどこ経路

 脳には視覚系が二つある。眼から新皮質に続く視神経をたどると、二つの並行する視覚系につながるのが分かる。「なに経路」と「どこ経路」と呼ばれるものだ。なに経路は脳の最後部で始まり、両側につながる一連の皮質領域だ。どこ経路は、やはり脳の後ろから始まるが、頭頂に向かう一連の領域である。

 なに経路とどこ経路には相補的な役割がある。たとえば、どこ視経路を無力にすると、ある物体を見ている人は、その物体がなにであるかを言う事ができるが、その物体に手を伸ばすことができない。たとえば、カップを見ていることはわかるが、妙なことに、カップがどこにあるかを言う事はできない。逆になに視経路を無力にすると、その人は物体に手を伸ばしてつかむことができる。どこにあるかはわかるが、なにであるかは特定できない(少なくとも視覚では。手で物体に触れると、触覚で物体を特定できる)。

 

■誤った信念が根強く残るのか

 いま私は、脳がどうやって信念を形成するのかきちんと理解している。前章で、どうして脳の世界モデルはまちがう可能性があるのか、なぜ誤った信念が根強く残るのかについて説明した。復習のために、三つの基本要因を挙げておこう。

 

1 直接経験できない

 誤った信念は必ずと言っていいほど、私たちが直接経験できなことに関する事だ。何かを直接観察できなければ、ー-自分で聞いたり、さわったり、見たりできなければー-他の人が言う事を信頼しなくてはならない。誰の言うことに耳を傾けるかで、何を信じるかが決まる。

 

2 反証を無視する

 誤った信念を維持するには、それに矛盾する証拠を退ける必要がある。ほとんどの誤った信念は、反対の証拠を無視するための行動や根拠を指示する。

 

3 ウイルス性の広がり

 ウイルス性の誤った信念は、その思い込みをほかの人々に広めることを促す行動を命じる。

 

 こうした特徴が、ほぼ確実に誤りである三つの一般的な信念にどう当てはまるか見てみよう。

 

信念 ワクチンが自閉症を引き起こす

1 直接経験できない

 個人はワクチンが自閉症を引き起こすかどうかを直接感じられない。それには大勢の参加者による対照研究が必要だ。

 

2 反証を無視する

 多くの科学者と医療従事者の意見を無視しなくてはならない。そのための根拠として、そういう人たちは個人的利益のために事実を隠蔽している、あるいは彼らは真実を知らないのだと主張するだろう。

 

3 ウイルス性の広がり

 この信念を広めることで、子供たちを衰弱性の疾患から守っているのだと教えられる。したがって、ほかの人たちにワクチンの危険性について説く道徳的責任があることになる。

 

信念 気候変動は脅威ではない

1 直接経験できない

 地球の気候変動は、個人が観察できるものではない。局地的な天気はつねに変わりやすく、異常な気象現象はつねに起こっている。毎日窓の外を見ても、気候変動に気づくことはできない。

2 反証を無視する

 気候変動に歯止めをかける政策は、一部の人とそのビジネスの短期的利益を損なう。そうした利益を守るために使われる根拠がいくつかある。たとえば、気候科学者はもっと資金を手に入れるためにデータを捏造して、恐ろしいシナリオをつくり上げているのだとか、科学的研究には不備がある、といった具合である。

3 ウイルス性の広がり

 気候変動を否定する人は、気候変動を抑える政策は個人の自由を奪う試みであり、世界政府の構築や政党の利益のためかもしれない、と主張する。したがって、自由をまもるためには、気候変動は脅威ではないと他人を説得する道義的責任があることになる。